【呼ばれた気が】宮城・女子中学生行方不明事件でおきた不思議なはなし

コラム

霊感はまったくないし、むしろ心霊現象とかみじんも信じていません。でも、不思議なことっておこるんですよね…

名古屋で起きた、振り返れば心霊現象としか思えない古いビジネスホテルでの話や、ついこのあいだの軽井沢で深夜におきた不可思議な話を書いていたら…もうひとつ、思い出しました。その後、デカ丸のジャーナリスト人生に影響を及ぼした話しが。

 

いまから20年近く前。デカ丸が報道の世界に入り間もない頃。宮城県のとある街で、女子中学生が行方不明になりました。当時、シングルマザーの母親は、再婚しようとしていました。でも、その再婚話に対して、その女の子は反対していました。

行方不明になったと同時に、その再婚予定の相手の男性が、ちかくの港の漁船内で自殺しているのがみつかりました。

そして、その男性の自宅の庭から、女子中学生の所持品が燃やされたあとが発見されました。

すなわち…こうした状況から、女子中学生は殺されてしまったのではないか、と考えるのが普通でした。

再婚を反対していた女子中学生。どういうやりとりがあったがわからないけれど、どうにもならない憤りからか、その男が女子中学生を殺害。逃げられないとおもったのか、罪悪感からか、命を断つことで踏ん切りをつけることにした…誰しもが思いつく事件の背景です。

これまで星の数ほどさまざまな事件を取材してきたので、さすがにこの歳になると割り切って考えるようになってしまうのですが、なんせまだ駆け出し。

どう考えても、もう殺されてしまっているのではないかというシチュエーションでしたが、当時のデカ丸は、心の底から「いや、生きている可能性がある。どうにか生きててほしい」と思っていました。それに、生きていることを信じようとしていました。願っていたというか。

でも…その女子中学生が、友達にあてた最後の携帯メールの内容が「森に連れて行かれている」だったんです。

どう考えても、絶望的ですよね…

「最後のメールは”森に連れて行かれている”という内容だったのです」というリポートを撮るために、場所を探すことにしました。うっそうと木々が生い茂る森、がイメージです。

そのとき、デカ丸はなんとなく、ほんとになんとなく、県内の道をクルーとともに車で走っている時「さっきの脇道でいいんじゃないですか?」と、森に入る小道をみつけ、提案しました。

理由や根拠はなんにもありません。ただ、ふと、あの小道がその「最後にメール」に合うんじゃないか、と思ったのです。

カメラマンもディレクターも特に「森の小道」に対してこだわりはないので「あ、じゃそうしようか」とその小道に入っていきました。

まさに鬱蒼とした森。どんどん道路は狭くなっていき、やがて砂利道になり、さらにすすむと、雑草がおいしげり、道はあるのだけれど、先にすすむことができなくなりました。

ディレクターが「ここで撮ろうか」と提案。

デカ丸は車を降り、そこでリポートを撮ることにしました。

文字にすると信じられないかもなのですが、まったく霊感もなく、超常現象なんてなにも信じていない私なのですが、どうもその場所が気になって仕方ありませんでした。

よくまわりをみたら、崖下に冷蔵庫などの廃家電が捨てられていました。

こういうところに捨てられてしまったんじゃないのかな、となぜか思いました。

でも、ま、気にすることなくリポートを撮り終え、車に乗り込もうとした時。

ツタや雑草によって行き止まりとなった、その道の先が気になって仕方ありませんでした。立ち止まり、ずっとその先を見つめていました。足が止まった、というか。とにかく気になって仕方がない。

でも、歩いていけないくらい、自分の背丈ほどの草がおいしげっていたんです。

だから、気にはなったけれど、車に乗り込み、市内のホテルへと戻りました。

 

その翌日、デカ丸は別の仕事があったので東京にもどったのですが、なんせ「行方不明」という現在進行形の事件だったので、ディレクターやクルーは現地にのこり取材を続けていました。

そして、さらにその翌日。つまり、デカ丸が東京に戻った二日後。ディレクターから電話がかかってきました。

「女子中学生が見つかったよ」

と。

「リポートを撮った山道あっただろ。車が進めなくなった行き止まりの、ほんのちょっと、その先に車が捨てられてて、そのトランクの中から、女子中学生の全裸の遺体が発見された」

ディレクターは、僕がその先の道をずっと気にしていたことを覚えていました。だから、電話をくれました。

僕は、そのとき思ったんです。その子に、本当に生きてて欲しかった。ほんとうに無事でいてほしかった。強く、強く、心底そうおもっていました。

だから、きっと、その子はなんらかの思いを僕に発していたんじゃないか、と。

 

ちなみに、その後わかったことなのですが、その山道はなんどもなんども警察が捜索していた、とのことでした。なんせ「山に連れて行かれている」というのが最後のメールだったから。でも、警察は見つけることができませんでした。でも、親族の方々が、その山道にもう一度はいり、廃車をみつけ、トランクをあけてみたら…全裸の変わり果てた姿のその女の子を見つけたのでした。

いまでも思うんです。いろんなことを。

もし僕がそのまま勘に従い、草木をかきわけ、廃車をみつけていたら…絶対にトランクを開けていたんです。なぜなら…その男の家の取材をしたとき、その男の家の敷地内に止められていた車のトランクを、なんどもなんども開けようとしていました。トランクが気になって仕方なくて。でも、それって犯罪なんです。まずそもそも住居不法侵入だし。でも、気になって仕方なかったんです。

もし廃車をみつけたら、絶対に開けようとしました。でも、もし開けることができて、全裸の女子中学生の腐乱した遺体を見つけてしまっていたら…絶対にいまでもトラウマになっていたと思うんです。スクープには間違いないのだけれど。

 

この一連の出来事をふまえ、当時の僕は…今後、どんな事件に巡り合おうとも、客観的立場を貫こう、と決心しました。事件取材なんて、大概ひとの生き死にがニュースです。理不尽な殺され方をした人がいるからこそ、その現場にいき、取材をするんです。

でも、いちいち、心の底から感情移入してしまっては、僕がもたない。それに、こうして亡くなったひとのなんらかの思いを背負ってしまうことになる…

だから、この日の取材を境に、僕はどんなに悲惨な現場であろうとも、何人の人たちが亡くなった現場であろうとも、絶対に手を合わせることはしなくなりました。

客観的な立場を貫くために。取材に手を抜くわけではありません。その人の無念が少しでも晴れるように徹底した取材をし、事件の背景をきちんと伝え、遺族に寄り添う報道を心がけています。

でも、亡くなったひとたちの思いを、すべて抱えきることはできません。

あくまでも、僕は「仕事」だからそこにいる、ということを強調しておかないと、いけないと強く思わされた出来事でした。

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