【ロックダウン・パニック】報道マンが過去20年の「震災経験」を経て日頃備えているもの

ひとりごとコラム

報道の仕事をして20年、国内外のさまざまな災害をみてきました。

2011年の東日本大震災のときは、発災時からのべ2ヶ月、東北各県の被災地で過ごしました。

東日本大震災・大船渡

日本で暮らす方々はもう記憶が薄れているかもしれませんが、その前の年にはハイチでM7.0の大地震があり、首都ポルトープランスを直撃。レンガ造りばかりの建物でてきた首都は文字のごとく壊滅し、31万人がなくなりました。この現場では発生直後から、3週間すごしました。遺体は”そのへん”に山積みです。道路の中央分離帯とか、病院脇の路上とか。遺体にかまっていられるような状態ではなかったのです。生き残った人たちが、生き延びるために必死で。私たちは、米軍が掌握した空港の滑走路脇で野宿していました。目の前で輸送機が離着陸するので、とんでもない爆音が24時間鳴り響いていましたが、外に出るよりは安全でした。

ハイチ大地震・ポルトープランス

東日本大震災前の地震では、2007年の新潟中越沖地震。これも発生直後に東京からヘリで飛び立ち、2週間にわたり日の出から日の入りまで、ずっと上空から取材をしていました。発生翌日、「新幹線が脱線しているらしい」との情報から、「まさか新幹線が…」と半信半疑ながらも線路沿いを飛行、本当に脱線し中央の溝に落ち込んでいる光景をみた衝撃は13年経ったいまでも忘れられません。この地震ではあちこちの山が崩れ、天然ダムを形成。山古志村が孤立しました。当時2歳の男の子が、母親と姉とともに乗っていた車ごと土砂崩れに巻き込まれ、4日後、奇跡的に救出されたニュースは全国に感動をもたらしました。私も上空から涙をこらえ、その瞬間を中継していました。

その翌年、2008年には岩手・宮城内陸地震が発生。土石流に温泉宿が巻き込まれ、宿は土砂に埋もれました。前年の中越沖地震の教訓から、土砂崩れが発生しているのでは、と疑った私は発生現場近くの山頂からヘリでゆっくり下の方へ、その過程で、「宿らしき」残骸が散らばり、埋もれている現場を発見。「第一発見者」としてひたすら上空で中継をしたのち、数日後、自衛隊のヘリにのり、現場入りしました。

岩手・宮城内陸地震 栗駒温泉

それ以外にも、近年では茨城の堤防決壊、2019年の台風19号など、星の数ほど自然災害を目の当たりにしてきました。

中越沖地震あたりから、これは、いつ自分の身におきてもおかしくないことだ、と思い始めるようになりました。

すなわち、生き残った場合、生き延びるためにはどうしたらいいのか。

まず、水です。水さえあれば、まずは生きていけます。飲料水としてはもちろん、使った食器を洗うのも、服を洗うのも、とにかく水です。僕の経験則では、この国の自衛隊は本当に優秀な組織なので、よほどの事態に陥らない限り3日生き延びる量さえ確保しておけば、あとは救援がくると考えていいと思っています。なので、我が家では常に、ダンボール数箱分のペットボトルの水を用意しています。

災害派遣された自衛隊 伊豆大島

食料は、通常、冷蔵庫などにある程度入っていますよね。それらを食べるためには、火です。火を起こすことさえできれば、大抵のものは焼いて食べることができます。
コンパクトなBBQセットと木炭をベランダの物置にしまってあるのと、カセットコンロを購入。ボンベも12本は常に備蓄してあります。

缶詰もいいかもしれませんが…2013年に伊豆大島で台風による土石流が発生し街を飲み込んだ時、このときも現場にいたのですが、なんせ小さな街ですからインフラがズタズタになってしまい、食べるものは東京から持って行ったんですね。いわゆる非常食です。でも非常食だから、島で本当に食べるものがなくなったら…とおもい取っておいたのですが、冷たい弁当を毎日食べるなか、4日目くらいだったかな…この非常食を食べたのです。いまの非常食はものすごく優秀で、その場で「化学反応」を起こしてあたためることができるのですが、暖かいけんちん汁を食べた時、心底ほっとしました。やはり、暖かい食べ物は心が安らぎます。なので、「エネルギー」だけを考えた時、缶詰や冷たい非常食でも生きていけるとは思うのですが、やはり「安らぎ」という意味では、「火」をおこし、暖かいものをいただくということも重要だと思っています。被災時は、ストレスとの戦いにもなるからです。

そのストレスを少しでも低減させるために…コンパクトなキャンプ用のマットレスも家族分、買いました。避難先の体育館で、「床が硬くて寝られない」と嘆く被災者を多くみてきたからです。もちろん、その他の環境のせいもありますが、できる備えはしておきたいと考えました。少なくとも家族の分は。

伊豆大島の避難所

あと、ヘルメットもありますが…これは「すぐ現場にいけるように」という意味合いが強いですね。でも、とある島で台風取材をしている時、瓦が飛んできて背中に直撃しました。幸い、怪我はなかったのですが、これがもっとスピードつけて頭にあたってきていたら、と思うと…やはり備えはあるにこしたことはありません。いまでは家族分、用意しています。

その他、携帯のバッテリーもひとつでフル充電できるものを4つ用意してあり、定期的に充電しています。

「水」や「カセットコンロのボンベ」は日頃使えますから、定期的に使って、入れ替えておけばいいことですし、携帯のバッテリーも、普段使えますよね。もしキャンプに行くことがあれば、BBQセットもたまに使えばいいので、「無駄」な備蓄になることもありません。

なぜこれらをここに記したかというと…先日の「ロックダウン・パニック」のときに、皆がスーパーに押し寄せ、ものがなくなりましたよね。その時に僕が感じたのは…これで、時同じくして地震が発生したらどうなるのだろう…という不安でした。

「ロックダウン・パニック」商品が棚から消えた

これだけの人たちが、たった二日間の週末を過ごすだけのために、パニックになり、食料を買い、なぜかトイレットペーパーやキッチンペーパーまでも買いあさる…しかも「物流は止まらない」とされているのに。現に、週明けにはほとんどの食料品がいつものように整然とスーパーに並んでいました。

だから、少しづつでいいから、生きていくために本当に必要なものを普段から備蓄しておいてほしいとの思いを願い、記しました。いまは幸い、物流は正常に動いています。でも「ロックダウン」と「大地震」が重ならないとも限りません。物流は正常な「ロックダウン」ですら、不安心理だけでこの騒ぎです。そして、それを多くの国民が目の当たりにしました。

「備えあれば憂なし」の重要性を、「パニック」に直面した、いまこそ改めて、冷静に考えてみませんか。

いざ、というときに本当に必要なものは、納豆でも、キッチンペーパーでもありません。

 

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